錦織選手の凄さ(皇紀弐千六百八十五年 令和七年(2025年)三月十六日日曜日)

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  テニスの下部退会「アリゾナ・テニスクラシック」で錦織選手がベスト4に入りました。これはチャレンジャーという大会で、昔の錦織選手だと出場する大会ではありませんでした。長い怪我の治療を経て復活してからはかなりいろいろな大会に出るようになっています。チャレンジャーは今季初出場です。前の大会はマスターズです。これはすごい。

 彼は元世界ランキング4位です。男子テニスの大会ランクを書いておきますね。新聞やニュースで見てもどの大会が何かがわからないと思うので。

 グランドスラムは4大会しかありません。世界最高峰です。


全豪(オーストラリア)オープン:その年最初の大会です。今はメルボルンにあるハードコートというコートサーフェス(硬くてよく弾む)なっていますが、私たちの若い頃は、クーヨンスタジアムというシバのコートでした。賞金総額は約95億5,350万円、シングルス優勝賞金は約2万2,000米ドル(150円/ドルだと3.3億円)です。破格です。かつてのテニス王国はオーストラリアでした。ロッド・レーバーという年間グランドスラム(1年間でグランドスラムの4大大会で全て優勝する)という快挙を二度も成し遂げた人です。複数年かけて4大大会で優勝するのを生涯グランドスラム)といいます。ケン・ローズウォールとう天才的なテニスをする人もいました。私が大好きな選手でした。ジョン・ニューカムを初め他国の追随を許さした。そこになぐこみをかけて全豪オーブンに優勝したのが、アメリカのジミー・コナーズでした。面白かったなあ。女子のマーガレット・コートはも有名です。
※オープンというのは国籍に関係なくアマだろうがプロだろうが誰もが参加していい大会です。

全仏(フランス)オープン:毎年5月ぐらいに行われます。グランドスラム大会で唯一のクレーコート(土のコート)です。土のコートというのは、球足が遅くタフな試合が要求されます。開催される地域の名前をとってローラン・ギャロスと呼ばれます。タフなコートが好きな人が活躍します。賞金総額は、約90億円です。シングルス優勝賞金は、約3.6万ドル(150円/ドルだと約5億4千万円)です。

全英オープン(イギリス):別名ウィンブルドンです。世界で最も権威がある大会です。毎年7月ぐらいに行われます、グランドスラムで唯一芝生のコートです。テニス発祥の地の大会です。テニスに限らず、英国が発祥のスポーツは、サッカーもラグビーもゴルフも昔は雨でも試合を行いました。テニスも雨でも滑らないスパイクがありました。晴れていても芝生のコートはとても球が滑りやすく速いんです。それに球の弾道が低い。その前の前仏オープンと正反対なので、選手たちはそのギャップを埋めるのに四苦八苦です。でも、ウィンブルドン本戦に出場(予選を勝ち抜くことも含めて)したら欧米などでは末代までの語り草だと言います。最近の英国ではマレー選手なんかが英国ですね。ウィンブルドンのセンターコートはウィンブルドンの時にしか使いません。私は、仕事でイギリスに行った時にウィンブルドンの(季節外れでしたが)コートを見に行ったことがあります。もちろんセンターコートも。センターコートの芝の美しさに見惚れてしまいました。ウィンブルドンの賞金総額は約100億円です。優勝賞金は約5億4千万円です。敗戦前は日本の選手も佐藤次郎(世界ランク3位)、清水善造、熊谷選手などの数かすの名プレーヤーがここで活躍しています。また沢松和子さんが郵送しています。伊達公子さんのベスト4も快挙です。ちなみにウィンブルドンは、一回戦で負けても約26万円の賞金が出ます。

全米オープン(アメリカ):グランドスラム最後の大会です。だいたい8月の下旬に行われます。場所はフラッシングメドウ。コートサーフェスはハードコートです。陽気な陽気な大会です。錦織圭選手がここで準優勝したのは記憶に新しいですね。大阪なおみさんも。あの頃の大阪さんは世界に敵が居ませんでした。でも、彼女はアスリートとしてはやらない方がいい活動を始め、それから調子を崩しましたね。賞金総額は約110億円を少し超えます。さすがアメリカの経済力。グランドスラムのN0.1賞金総額です。シングルスの一回戦に出場しただけで,500万円の賞金がもらえます。予選の決勝に敗退しても約800万円ですから選手のモチベーションはかなり高くなります。優勝賞金は約5億3千万円です。出場者全員で賞金総額を分け合っていますね。素晴らしい。有名選手も数々でています。クリス・エバーとやビリー・ビリージーン・キング夫人は有名です。クリス・エバート選手なんかは「彼女が負ける試合を見られる人間は幸せだ」と言われていました。試合中、あまり笑わないので、「アイスドール」とも呼ばれていました。私は彼女の大ファンで、誕生日まで知っています笑。一時期、男子のジミー・コナーズとラブラブでした。ウインブルドンも同時優勝したことがあります。メディアは「二人のためのウインブルドン」と騒ぎました。ラブラブの結果・・・笑。アメリカと言えば、ジョンマッケンロー選手が有名です。彼は、私が見る限り歴代で一番強いのではないだろうか。彼とスウェーデンの選手ビヨン・ボルグ(彼もマッケンローに匹敵する世界NO.1)試合中に、すぐに審判の判定に不服を持ちました。まあ、彼のプレイスピードは審判泣かせですが。そうだ、審判にクレームをつける選手では、ルーマニアのイーリー・ナスターゼ選手もです。ただし、彼はこの性格がなければ絶対に歴代世界NO.1選手でした。抜群のテクニックでした。まるで、相手の選手が彼の予想しているところに打っている感じでした。大ファンでした。世界のどのトッププレイヤーの真似もできたと言います。全米・全仏の覇者です。「天才」という言葉はまさに彼のためにあるようなものでした。

 さて、長くなりました。マスターズ以降はまた明日。

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このページは、宝徳 健が2025年3月16日 01:57に書いたブログ記事です。

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