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我が国が大国化するとどう世界平和が築けるか(パーソナル・エンパワーメント:課題解決のために具体的行動を決定する)の前に、今の日本の現状認識(マインドフルネス:自分の立ち位置を知る)をします。
よく「戦争で取られた領土は戦争でしか取り戻せない」と言います。戦争なしに「小笠原諸島」や「沖縄」を取り戻せた日本は大したものです。
でも、私たち日本はソ連とロシアに一度も戦争で負けたことはないんですよね(ノモンハンもあれはソ連のでっちあげ)。なのに樺太と北方領土(というか千島列島は安全保障上返してほしい)。なのに領土を取られています。詳しい日程を調べる気にもなれないぐらい悔しいのですが、北方領土がとられたのは確か、九月五日ぐらいです。日本がポツダム宣言を受け入れたずっと後です。ソ連の戦勝記念日が確か九月七日です(知らんけど:大阪弁)。
民主党が政権を取った時に外務副大臣の武正公一がソ連の戦勝記念日は致し方ないというような発言をしました。これって、千島列島や北方領土を取られたことを認める発言です。武正!英霊たちに謝れ!
彼は大学時代のクラブの後輩です。もしこの発言の時彼が横にいたら私は彼に何をしていたか予想をするのも怖い。彼は松下政経塾出身です。全く松下政経塾は高市早苗以外、全く使い物になりません。使い物にならないばかりか、国に害を及ぼしている人たちだらけです。
占守島(しゅむしゅとう)の戦い
の話はご存知ですか?
ソ連は、昭和二十年(1945年)八月八日に日ソ中立条約を一方的に破り対日戦線に参戦しました。我國は八月十五日に陛下のご英断によりポツダム宣言を受諾しました。それでもソ連は樺太に攻めてきました。北海道がほしいというか、太平洋への出口が欲しくて仕方がないのです。
占守島(しゅむしゅとう)の戦いの前に、樺太の九人の日本女性の悲しい素晴らしさを。アメリカもそうですがソ連は兵隊が占領した地域の女を犯しまくります。母が朝鮮から引き揚げてくる際も、ソ連兵が来て引き揚げる日本人女性を何人も連れて行ったそうです。女性によってはソ連兵に犯されるのを拒否しして舌をかみ切って死んだ人もいたそうです。国家が軍隊をなくすということはそういうことなのです。
昭和二十年(1945年)八月二十日秘境なソ連は樺太にも軍事進行してきました。当時は南樺太が日本の領土でした。本来樺太全土が日本だったのですが、セオドアルーズベルトという悪のアメリカ大統領が樺太を分断しました(日本を弱めたかった)。樺太真岡の郵便局に勤めていた九人の日本女性はそれに気づいて島民に逃げることを促します。ソ連兵が間近に迫ってきた時に女性たちは(あかん涙が出てきた)「みなさん、これが最後です。さようなら、さようなら」とアナウンスしソ連兵からの蹂躙を避け自決しました。
稚内市稚内公園にある九人の乙女の像です。そこに乙女たちの最期の言葉も刻まれています。
でも、同じく樺太にあった泊居郵便局長の証言では「交換台にも弾丸が飛んできた。もうどうにもなりません。局長さん、みなさん・・・、さようなら。長くお世話になりました。おたっしゃで・・・。さようなら」です。変に露助に遠慮するな。
これが昭和の人間なんです。
昭和天皇陛下もこの地に訪れ御製(天皇陛下の和歌)を遺されています。香淳皇后も御歌を遺されています。
昭和天皇陛下御製
樺太に 命をすてし たをやめの 心を思へば むねせまりくる
香淳皇后御歌
樺太に つゆと消えたる 乙女らの みたまやすかれと ただいのりぬる
私はこのブログを書きながらずっと泣いています。東日本大震災の時も市役所の女性でいらっしゃいましたよね。日本人は素晴らしい。日本女性は素晴らしい。
(私の拙首)
命捨て みなを逃がさん その気持ち 今の日本の 我らが伝ふ
閑話休題。占守島(しゅむしゅとう)の戦いです。
八月十五日に降伏を受け入れてからは自衛戦闘以外は武将解除を命じられました。この時の札幌第五方面軍司令官は、樋口季一郎中将です。この将軍の悪い噂を聞いたことがないぐらい兵にも慕われた素晴らし将軍です。
樋口中将は武装解除をせずに樺太第八十八師団に南樺太の死守を命じます。でも官僚化されて喧嘩のやり方もしらない大本営が武装解除を命じます。
一気に武装解除をしたらどうなるか。一番迷惑がかかるのが国民なんです。死を覚悟している兵ではないんです。だから武装解除は戦闘態勢をとりながらやるのが常識なんです。例を挙げていうと、ダグラス・マッカーサーが日本降伏後、厚木基地に占領のために飛行機で降り立ちました。そのときマッカーサーはまだ武装解除を帝國陸海軍がしていないと思って、ビビりまくっていました(元々こいつは超小心者)。なので、飛行機からタラップを降りる時に失禁していました。写真ではそれが修正されていますが。
昭和二十年(1945年)夕刻、占守島(しゅむしゅとう)にソ連軍が奇襲上陸しました。これを火事場泥棒と言います。一旦武装解除していた第五方面軍のが守る帝国陸軍の兵たちは急いでもう一度武装を整えます。
そして、ソ連軍に圧勝します。もしここがソ連に取られていたら千島列島沿いにソ連軍が動きおそらく北海道がソ連になっていました。
ttps://www.tohtech.ac.jp/topics/essay/13533.html より
もちろ指揮は樋口季一郎中将です。池田末男大佐(2階級特進なので、戦後すぐは少佐)もいました。
ソ連は「お前たちはポツダム宣言を受諾したんだろう」と日本にねじ込みます。占守島(しゅむしゅとう)の兵たちは大本営に言われて武将を再び解除しました。兵たちはシベリアに拉致られほとんどの方が亡くなりました
官僚化していた大本営の人間も喧嘩をしたことがないですね。でも、この例は敗戦直後の混乱とはいえ、帝国陸軍は後世に遺る素晴らし偉業を遺しました。
ソ連は悔しくて仕方がありません。ソ連とロシアは一度も日本に勝ったことがないのです。スターリンもビビりぃです。
さあ、みなさん。帝国陸軍の兵たちは命をかけて私たちと国を守ってくれました。なのに、ソ連が崩壊した時、ソ連はかなり弱体化していました。軍の統制もとれていませんでした。
北方領土を取り返すチャンスでした
なのに国民は「北方領土を返せ!!!」と言いませんでした。また、同じことが起きたら国民としてどうしますか? ロシアは今、かなり痛んでいます。支那共産党とトランプが虎視眈々と狙っています。日本国民が立ち上がらないと、北方領土はアメリカや支那共産党の領土になります。
さあ、どうしますか?
①日本国憲法「典」の「似非平和主義で自分だけ平和ならそれでいいから自分には関係ない」
②戦争は嫌だから北方領土は取り返さなくていいから毎年返せと叫んだらいい
(戦争にはなりませよ笑)
③軍艦を出して日本の意志とプレゼンスを示すよう政府に強烈に言う
④チャンスをみてしれっと取り戻す。
⑤これが実現できる人が総理大臣になるように投票する(今来るかどうかは別にして。でもイギリスは国民がこの判断をします)。
さあ、この問題がテーマになった衆議院議員政権選択選挙の時です。
国民のあなたはどう判断しますか?
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