私と公(皇紀弐千六百八十五年 令和七年(2025年)三月二日)4

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 「私」という時の辺の「禾」は、穀物のことを示します。造りの「ム」は「肘で穀物を自分の方にかき集める」という利己的なことを示します。つなり「私」と言う字は自分さえ良ければいいという字です。人間だからそれはある程度仕方がないのかもしれません。

 では「公(おおやけ)」という字は?
 「穀物を独り占めしようとする「ム」を「ハ(屋根)」 の下で一緒に暮らそうとする心です。

 まさに我が日本にぴったりの言葉ではないですか。

 我が国は伝統的に「分けあって甘らしてきた国」です。欧米や支那やロシアや我が国の共産主義者のように「奪い合って足りなくしてきた国」とは性格を異にします。

 皇室の方の男子のお名前には必ず「仁」が着きます。大勢「二」の「人」に徳を施せとの自らに対する戒めです。

 明治天皇が「睦仁」、大正天皇が「嘉仁」、昭和天皇が「裕仁」、上皇陛下が「明仁」、今上陛下が「徳人」、秋篠宮様が「文仁」、お子様が「悠仁:ひさひと」です。

 天皇家は日本の中世においてその権力をすべて自ら取り除き権威だけにしました。もちろんその過程のなかでいろいろありました。中世以降に権力を持とうとした天皇陛下もいらっしゃいましたが、ことごとく失敗しています。

 日本がなぜ神話の世界から歴史が連続した人間社会の奇跡の国であるかは他の国では絶対に起こり得ないいわば「立憲君主制度」を確立したからです。

 天皇陛下が私たち民に対して行われることが、国体「シラス」です。なので、我國の国体は「天皇陛下」でしかあり得ないのです。

 あり方がこれほど明確な国は他にありません。保守とは何か「国体をはかいする狂気に対抗する力」です。それだけは覚えておいてそろそろ目を覚ましませんか?

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このページは、宝徳 健が2025年3月 2日 14:52に書いたブログ記事です。

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