外交交渉(皇紀弐千六百五十八年 令和七年(2025年)三月十七日月曜日)2

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  今、みなさんがトランプのことを言っていますが、過去の外交交渉を紹介しましょう。まずは、榎本武揚です。
   当時世界N0.1の軍事力はダントツに英国です。次にロシアです。明治期は、それをイギリスが抑えに抑えます。これを英露のグレートゲームを言います。

  三月九日に書いた金美齢さんのブログ記事に、第一次列島線を書きました。日本は、樺太と朝鮮半島からロシアに攻められたら対応が不可能です。日本が世界に飛び出しました。もちろ海外の情報は田沼意次などが把握していました。彼の松平定信における失脚工作が日本の発展をどれだけ阻害したか。

 そのロシアと明治八年(1875年)に千島樺太交換条約という対等条約を結びます。当時は日本は不平等条約を大国と結んでいた時です。立役者は榎本武揚。彼はどうしてこんなことができたのか。経緯はかなりはしょりますが、概要はこうです。
 国立国会図書館画像より。

 アイヌの女性がロシア人に樺太で強姦殺人されるという事件が起きました。榎本武揚はロシアに「犯人を引き渡せ」と迫ります。ロシアは「こちらで処分した」と歯牙にもかけません。榎本は追い詰めます。「犯人の名前すら書類に書いていないのに、なぜ処分したと信じられるのか」と。最後はサンクトペテルブルグに海軍中将特命全権大使として乗り込んでいきます。それでもロシアは我が國を馬鹿にして、課長級の人間しか出てきません。

 「大ロシアだろうと小國日本だろうと、國民の生命は平等だと國際法に書いてあるではないかが。お前の國が我々に『日本は文明國ではない』と言って不平等条約を押し付けておきながら、自分では國際法を守らないのか」と國際法の知識を駆使して交渉したのです。条件は「謝罪」「賠償」「犯人引き渡し」「再発防止」の四つです。「この条件を全部やれ。文明國として当然だ。できないとは言わせない」。という話から榎本は話をどんどん広げ、「再発防止には、やはり雑居地になっているのが問題なんだから、これをなんとかしよう」と、ついにあの、大ロシア帝國を相手取って、

千島樺太交換条約を締結

してしまったのです。

 「樺太はそちら、千島はこちら、これなら文句ないだろう」「我々は樺太を日本固有の領土だと思っているから、これを引き渡すのは耐え難い苦痛である。國内の反対論も盛り上がっている」として、強気に押して押して押しまくって、対等条約にこぎつけたのでした。ちなみにこの日露交渉の時に何も役に立たなかったのがアメリカです。仲裁に入ろうとしたら、ロシアから、「お前みたいな弱小國に言われたくない」と追い返されました。

 明治外交のすごさです。当時、ロシアは、露土戦争(ロシアとトルコの戦争)がはじまろうとしていました。極東の流刑地に関わっている暇はロシアにはない(ロシアは、歴史上、外交のもめ事を絶対に二つ同時にやりません)、と榎本は読みました。そうです。外交とは地政学なのです。小村寿太郎、榎本武揚、石井菊次郎と敗戦前の日本外交官は、きちんと國際法と地政学を理解していたのです。

 幕臣から明治政府の要人となり我が大日本帝國を救った榎本武揚とはなんとすごい男なのでしょう。山本五十六とえらい違いです。
  何かに似てませんか? 今と似てませんか? でも、誰も北方領土においてそれを叫ぶ人はいません。


  次に英国にパーマストンの話です。

  パーマストン子爵ヘンリー・ジョン・テンプルの話しです。かつてのイギリスの首相。イギリスでは首相は、「戦争に勝てる人」が選ばれます。(1784-1865)

ソース画像を表示

  外交というものが、マフィアやヤクザよりも恐ろしいことを紹介しましょう。外交とは、これぐらいシビアでなければならない。「シビリアン・コントロールとは、國と國との付き合いを、外交にするか戦争にするかを決めるのは、文民だ」です。文民が軍人を統制することではありません。いったん戦争と決まったら、軍は、有事國際法に従ってそれを破らない限りは何をやってもよい(ネガティブリストとうのもなのです。

主権國家とは何か。それは、大英帝國全盛期のパーマストンを例に取れば一目瞭然です。我が國が幕末の頃、世界の外交を仕切っていたのが英國パーマストン卿です。パーマストンは、最盛期の大英帝國を象徴する人物であり、砲艦外交の代名詞です。1830年に外相に就任してから1865年に首相在職のまま死去するまで、大英帝國の外交をけん引しました。

 パーマストンは、他人にはできない事を三つやりました。一つは、激高するアメリカ世論を恫喝ひとつで黙らせたことであり、二つ目が、支那人の非正規兵を陸戦で完膚なきまで叩きのめしたこと、そして三つ目が、ロシアに外交上の錯誤を強いた上で、戰爭に引き摺りだし、袋叩きにしたことです。

 この三つのことはもちろんですが、「これが主権國家だ」ということをパーマストンはやっています。1850年、イギリス籍のユダヤ人がギリシャで家を焼かれるという事件が起きました。ユダヤ人差別感情もあり、ギリシャの官憲は、まともに捜査すらしませんでした。パーマストンは激怒します。艦隊をギリシャに派遣して戦争も辞さずと恫喝しました。さすがにビクトリア女王を筆頭に上流階級から非難が湧きおこりました。パーマストンは言います。

「古のローマ市民が「私はローマ市民である」と言えば侮辱を受けずにすんだように、イギリス臣民も、彼がたとえどの地にいようとも、イギリスの全世界を見わたす目と強い腕によって不正と災厄から護られていると確信できるべきである」

 

 この演説は「我こそはローマ演説」としてあまりにも有名です。イギリス人は熱狂しました。

一人の國民の權利を、総力を挙げて護るのが主権國家である

 なのに、今の我が國は、十四歳の女の子がテロ國家に攫われても助けることもできません。いえ、助けることをしません。


 日本の自衛隊はかわいそうですね。「これしかやってはいけない」というポジティブリストです。平和安全法制のとき、野党は「自衛隊員の命が・・・」と叫んでいましたが、それならネガティブリストにしないと、彼らは自分の身を護ることが出来ません。いまだに軍が警察官職務執行法だけな國は日本だけです。それを官僚も國民もわかっていない。メディアは取り上げようともしない。

 このぐらい強気で外交をやらないと、本当に戦争が起きてしまうのです。戦争は、勝てないならやってはいけない。勝てるなら外交でやらなければならないのです。つまり、戦争はやってはいけない。軍とは、戦争をやる手段ではなく、戦争を防ぐ手段です。

 このまま他国に頼ってばかりいたら我が国は失くなりますよ。トランプに日本には関税をかけないでと外相がいい肉時ではないのです。私がトランプなら日米安保条約を切るでしょう。

  では、日本の生きる道は? フリーダム(自主独立)しかありません。明治の男たちを見習いませんか?私の愛する国がわいする家族が、欧米・支那共産党・ロシアに蹂躙されるのを見ていられません。石破なんかを総理にして喜んでいる場合ではありません。

思いしれ 今この時を この場所を 自立しないで 国はどうなる
国会で あんな話を しているだけ 情けなくて 観る気もしない

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このページは、宝徳 健が2025年3月17日 02:04に書いたブログ記事です。

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